「知る」は、おいしい! 星のや京都|TRAVEL
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2019年8月9日

「知る」は、おいしい! 星のや京都|TRAVEL

TRAVEL|星のや京都

このひと皿と出合うために、星のや京都へ 会席料理「五味自在」(1)

涼やかなレース文様鉢にのった、先附の「茄子の涼味寄せ」が運ばれてきました。絶妙なとろけ具合の茄子を噛んだ瞬間、野菜をベースにした、やさしく、馥郁(ふくいく)とした出汁がじんわり溢れ出してきます。思わず、心のなかで快哉(かいさい)を叫んでしまいました。このおいしさがわかる大人でよかったと、繊細な食を通して季節を感じることができる幸せをかみしめます。

Photographs by OHTAKI Kaku Text by HASEGAWA Aya Edit by TSUCHIDA Takashi

私はなんでもできるのが京料理の定義だと考えています

近くのものが見えにくくなったり、気づけば、頭に白いものが混じっていたり……。何より悲しいのは、代謝が悪くなったこと。少し節制したって、もはや体重は簡単には落ちません。そういえば、お酒も次の日まで残ることが多くなった気が。悲しいかな、寄る年波には勝てません。でもね、年を重ねて良いこともあるわけで。例えば、京都。今も昔も京都は修学旅行のド定番ですが、若かりしあの頃、いったいどのくらいの輩が京都という街の良さを理解していたことでしょうか。

京料理もしかり、です。今でこそ、その雅な響きだけで一杯ヤレそうですが、お子ちゃまの頃、「出汁とかどうでもいいから肉を頼みます」「むしろ八つ橋をお腹いっぱい食べたい」と考えていたのは決して私だけではないでしょう。あ、でもそもそも京料理ってなんですかね、今さらですが。出汁をいかし、京都の伝統野菜を使った料理? 湯豆腐とか、にしんそばとか?
星のや京都の総料理長・久保田一郎氏。
そんな抽象的、かつ曖昧な質問に、星のや京都の総料理長・久保田一郎氏は、迷いなくこう答えてくれました。

「京都は千年の都。私はなんでもできるのが京料理の定義だと考えています」

古くから都として栄えた京都には、帝(みかど)に献上する食材や調度品など、日本各地から、あるいは海外から、厳選された食材や技術が集まってきました。

「京都は、国内外問わずさまざまな文化、技法を取り入れながら発展した都市です。そんな背景に加え、女水(おんなみず)といわれるくらいやわらかな軟水、京都の水源でもある淡水湖の琵琶湖、近江米と、料理を作るにあたって非常に恵まれた場所でもあり、豊かな食文化が育まれてきました」
メインダイニングの一室。窓を開けると、奥嵐山の大自然のパノラマ。
なるほど、京料理が多くの人を魅了している理由の一端はここにあるかもしれません。

京都・祇園の老舗割烹の長男として誕生しながら、広島に住む料理好きの祖父に影響を受け、幼い頃からフレンチの世界にあこがれを抱いていたという久保田氏。大学で語学を、卒業後は大阪の名店や京都の実家で日本料理を学んだ後、念願のフランス修業へと旅立ちます。

「ちょうどバブル期の後半で、フォアグラやキャビア、牛肉など、日本料理に洋の素材が用いられるようになった頃でした。それが本当に意義のあることなのか確認したかったのと、意義があることならその使い方を理解したいと考えたんです」

修業先は、フランス・コルシカ島の「HOTEL LA VILLA」。やがてアントレ(前菜)を任せられるようになり、今度は、久保田氏の料理に惚れ込んだシェフに乞われ、2004年、イギリス・ロンドンで初となる懐石料理の店「Umu(生)」の料理長に就任します。「Umu(生)」は、オープンから1年たらずでミシュラン1つ星を獲得。瞬く間に人気店となりますが、「自分の日本料理を再考したいという思いが強くなり、帰国しました」(久保田氏)。

星野リゾートと運命的といってもいい出会いを果たし、2011年より星のや京都総料理長となった久保田氏が提供するのは、「五味自在」をテーマにした会席料理です。

「僕は京都で生まれ、割烹を営む父親の背中を見て育ちました。ベースとなっているのは京料理ですが、京料理という枠にとらわれず、もっと大きな枠組みで料理を作っていきたいと考えています。五味自在の『五味』という言葉には、食材や器などを含め多様性を模索したいという思いも込められています。京都だけでなく、全国から厳選した食材を使い、京都の技法をベースに、外で学んだ技法も用いた料理が、星のや京都の、そして、僕の料理です」

言葉を選びながら、でもきっぱりと料理への熱い思いを語る久保田氏の料理は、一品一品がハイライト。全9品のコースは、新鮮な驚きとストーリー性にあふれ、また、彼の豊かな経験と多彩な技法、京都、そして日本料理に対する愛情を雄弁に語っています。
栗の木でできた大きなテーブルが印象的な「Salon&Bar蔵」でいただくウェルカムスウィーツには、創業210年余の老舗和菓子店「亀屋良長」の代表銘菓「烏羽玉(うばたま)」。波照間産の黒糖を使った、なめらかな舌ざわりのこし餡の餡玉です。定番アイテムのほか、星のや京都だけでいただけるオリジナルバージョンも季節に合わせてラインナップ。今回は定番の黒糖のほか、限定アイテムとして、トマトとみょうがの「烏羽玉」が登場。みょうがは、「水の庭」に咲く、蓮の花をイメージしているのだそうです。

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このひと皿と出合うために、星のや京都へ 会席料理「五味自在」(2)

久保田氏の思いがこの一皿に炸裂しています

たとえば、冒頭で紹介した、先附の「茄子の涼味寄せ」。

「初夏の定番である賀茂茄子を使った先附には、同じナス科のパプリカを、涼を感じてもらえるようにアイスにして合わせました。いわば、京のラタトゥイユです。出汁はかつお出汁だと強すぎてしまうので、野菜だけの出汁をベースに、少しだけ二番だしを加えています」

繊細、かつ可憐で、涼やかという言葉がぴったりの先附ですが、インパクトは主役級。トップにはコンソメのジュレも使用しており、日本料理の伝統を踏襲しながらも、決して既存の枠にとらわれないという久保田氏の思いがこの一皿に炸裂しています。OK、理解しました(笑)。これからどんなめくるめく世界が待っているのか、期待で胸がはちきれそうです。
八寸 涼月の肴核(魚素麺、蛸柔煮、石川芋白煮、青梅蜜煮、押し寿司、鱧子豆腐)。
久保田氏がほれ込んだという、野口繁次氏作の焼き〆に乗った八寸も、それぞれが抜群の個性を放っています。福井県剣先産の青梅を、中までシロップが通るように細かく針打ちし銅鍋で煮た「青梅蜜煮」や、明石の蛸を小豆で色だし、寝かしてから赤米酒で炊いた「蛸柔煮」、産卵期を迎えた鱧の卵を使った「鱧子豆腐」など、どこから手をつけようか真剣に悩んでしまうところですが、久保田氏によれば、「先附の塩気が口内に残っている状態で、青梅蜜煮を食べていただくのがおすすめです。若狭の香りを、ぜひ京都で味わってください」。

もちろんそうさせていただきます!
椀物 鱧吉野打ち 翡翠冬瓜。
椀物は、「鱧吉野打ち 翡翠冬瓜」。夏の吸い口(お椀に入れる香り)には、青ゆずが用いられることが多いのですが、「青ゆずは今回、八寸でも使っていますし、鱧にはゆずの香りは少し強いので、和製グレープフルーツと言われている河内晩柑(かわちばんかん)を使用しています。柑橘の清涼感、あっさりとした味わいが、梅肉の代わりに鱧を引き立てます」と久保田氏。ふわっと立ち込める香りがフレッシュに、上がりっぱなしだった口角がさらに上がったことを実感します。ひとつひとつの料理に、こんな計算やこんな思いが込められているなんて。料理って、五感で、いえ、五感以上に、多彩に楽しめる、極上のエンターテイメントなんですね。

「料理と器が会話することも大切なんです」と語る久保田氏には、器にも並々ならぬこだわりがあります。たとえば、強肴(この日は「牛フィレ炭火焼きと旬野菜含メ煮」でした)に使う器は、星のや京都のオリジナル。肉と野菜がそれぞれの個性を存分に発揮した状態でいただけるようにと作家に相談し、左右の空間が独立した器を作ってもらったのだとか。
部屋出しの朝食。
月橋の部屋のリビングスペース。朝食は、それぞれの部屋のこうしたスペースでいただく。
そうそう。星のや京都の夕食は離れのダイニングでの提供となりますが、朝食は部屋食が基本。これは、全25室のすべての客室がリバービューという、この宿ならではの景観とともに、存分に朝食を楽しんでもらいたいという配慮です。メインが野菜たっぷりのお鍋というのも、京都らしくて、にんまり。出汁をたっぷり吸い込んだ〆の雑炊は、京都が誇る調味料・原了郭の黒七味をかけて召し上がれ。食後は、座った時の目線の高さで窓の景色を楽しめる、星のやオリジナルの「畳ソファ」に身を委ね、名画のような風景を眺めながらくつろぐことにしましょうか。桜や紅葉の季節には視界一帯が鮮やかに色づきますが、濃密な深緑が迫り来る夏も風景絶佳です。極楽、極楽。
平安時代から貴族の別荘地として親しまれてきた京都・嵐山。その中心地である渡月橋の畔から、雄大な嵐峡(らんきょう)を眺めながら大堰川を小舟で遡ること約15分。星のや京都が、明治創業の老舗旅館をリノベーションするかたちで誕生してから、今年で9年目の夏を迎えました。およそ10年の歳月を経て、開業当初に新たに植えた木々は成長し、小道を覆うほどのアーチを描くようになりました。
午前に行なわれる「聞香(もんこう)」。
思い思いに、京都の自然、そこに息づく文化を存分に体感できる「水辺の私邸」。枯山水をテーマにした「奥の庭」では、毎朝、宿泊のゲストを対象にした、「水辺の深呼吸」が催されます。大堰川にせり出したウッドデッキにあつらえられた「空中茶室」はこの世の桃源郷(笑)。この空間、切り取って自宅に持ち帰ってもいいですか? 日本に古来より伝わる「聞香(もんこう)」を体験できるアクティビティも実施しています。香道は、室町時代に始まった京都の伝統文化。かつての戦国武将たちも戦の合間に嗜み、リラックスをはかったのだとか。前身時代に作庭された双滝を再現した「水の庭」で、自然の音やトロッコの音に抱かれ、瞑想にふけるのもいいでしょう。雄大な自然の中、洗練された文化を楽しもうではありませんか!

楽しく、美味しい京都の季節を堪能すべく今度はいつ戻ってこようかと、渡月橋という現実世界に向かう帰路の船のなかではすでに、今後の予定に思いを巡らせていました。

「8、9月は戻りカツオ、アコウダイもいいですね。9月はタコ飯も予定しています。10月は長ナスのシーズンです。秋のサバやサンマもいいですよ」

久保田氏の言葉が反芻されます。ああ、どれもこれもいただきたい! あわよくば、いつの日か、氏が休みの日に作っているというタイ料理も賞味してみたいものです。

全幅の信頼のおける料理人の季節の料理を楽しみに京都を旅する──、そんな悦楽に浸れるなら、やっぱり年を重ねるのは悪くありません。
星のや京都
所在地|京都府京都市西京区嵐山元録山町11-2
アクセス|阪急嵐山駅より徒歩約10分、京都南ICよりクルマで約30分
客室数|25室
料金|一泊一室あたり10万6000円〜(食事別、税・サービス料10%別)

※入荷の状況で異なる食材を用いることがあります。
問い合わせ先

星のや京都
Tel.0570-073-066(星のや総合予約)
https://hoshinoya.com/

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